退職したら楽しいD生活が待っていた

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12/19/2019

~1年目~

 
みなさんこんにちは.うささんと申します.本記事は社会人学生 Advent Calendar 2019の19日目の記事です.

 yumu19さん,アドカレを企画してくださりありがとうございます.個人的に退職~博士後期課程進学(D進)の過程を記録しようとおもっていたら,ぴったしなアドカレを見つけたので便乗させていただきました!

 みなさんの記事を拝見させていただき,悩んでる/悩んでたのは私だけじゃないと,たくさん勇気をもらいました.まだインターネットも捨てたものじゃないですね!!


要約するとけんきゅうたのしいと書いてあります.(おわり)



自己紹介


 いま何してるの?

 修士号取得後に新卒入社した会社を2019年7月付で退職し,10月から電気通信大学の博士後期課程に課程博士として進学しました.研究室は博士前期課程と同じ研究室です.

 何の研究してるの?

 博士前期課程では,静的プログラム解析を用いたソフトウェア開発支援の研究をしていました.博士後期課程では引き続き,静的プログラム解析をとりいれつつ,チョット実務経験のあるセキュリティ分野に手を伸ばしています.

 何の仕事してたの?

 とあるメーカーで組込Linuxの開発に従事していました.希望のお仕事だったのでメチャたのしかった.


なぜD進学したの?


 才能はともかく研究活動のプロセスが好き

 問題を見つけて改善案を考えて,論文にまとめて発表して色んな人と議論する一連の流れが楽しい.みんなと問題を共有していいねーとかもっとこうしようかーって話すのが楽しい.
 英語の論文を読んでいると世界と繋がってる気持ちになる.未翻訳の文献やツールを見つけた時や検索結果に出ないことを見つけてドキドキする瞬間が好き.
 

 ストレートでD進しなかった理由

 一言でいえば,当時の私には進学する自信がありませんでした.
 前置きになりますが,私は学部で卒業する予定でした.学部時代は講義やサークルで技術をインプットし、インターンでアウトプットする生活だったので,早くエンジニアとして働いてたくさんアウトプットしたいと思っていました.卒業研究でアプリを開発していたものの,研究とは何かわからないままで,アプリ作るだけなら就職でいいじゃんとすら思っていました.

 ところがとある学会に参加した時に先輩学生の話を聞いてみると,大学院では自分で問題を見つけて解決手法を考えて,実装したり論文を書いて発表して,インプット・アウトプットの作業を繰り返しているらしいのです.

 その話をきいて,私はソフトウェア開発能力はそれなりにあるけれど,開発に至るまでの問題解決能力と,結果をまとめる能力が不足していると思いました.また私は個人作業が好きなので,ほぼ一人ですすめられる点も魅力的でした 
 
 先輩たちが楽しそうに研究について話す姿をみて,なんか面白そうだし,開発以外のスキルが身に付くのは嬉しいと思って進学することにしました.進学を機に研究テーマを変えたため,今は学部時代と違う領域にいますが,新しい世界を教えてくれた先輩に出会えたことはとても幸運なことでした.
 
 さて,ストレートでD進しなかった理由に戻りますが,研究に対する姿勢がかっこいいなー私もこうなりたいなーと思っていた学生は,偶然にもだいたい未踏の人だったので,私もM1のときに応募しました.しかし最終面接で落ちてしまったので,研究者には向いてないと思ったのです.

 今思うとそこまでストイックにならなくても良かった気がするけれど,それを抜きにしてもD進した友人は何かしら一芸に秀でており,私にはそういうのないなぁと.強いて言えば無駄に長くコンピューターさわってきたくらいで,日本一のなにかとかはない.

 D進は向いてないと思いながらも,修士3年間(1年の休学留学含む)でやりたい研究テーマに取り組み,一連のプロセスを経験できたので,満足のいく修士生活を送ることができました.毛が生えた程度には当初の目的を達成したので,就職することにしました.

 それなのに戻ってきた理由

 下手なりに好きなものを学問として修めたい気持ちを諦めることができませんでした.そう風に思わせてくれたのは職場のおかげです.私の配属先・関連部署は研究所ではないのに想像以上に博士がおり,みなさん大活躍されていました.インターネッッッヨでは日本社会に博士号はいらないとか言われていますが,あれって嘘なんじゃね?と思える光景でした.

 前職に限れば,博士は学士/修士よりも明確に優遇されていました.学士/修士と違って専門性を活かした部署への配属が決まっており,初任給も高いです.
 (博士取得者給与は海外ではN倍だ!という話について,日本のあらゆる専門職の給与が低い気がするので,博士取得者給与だけの問題ではないと思うのです...)
 研修を除き,学士/修士と博士の能力が一緒くたに扱われることはありません.職業柄さまざまな科学知識が必要なため,これって誰に聞けばいいんだっけ?というときに,専門分野がはっきりしている且つ問題解決力がある人は頼りにされていました.みなさん優秀なのでさっさと出世していき,一日でも早く会社を変えてやろうな勢いでした.
 この事実を知れたことはとても嬉しく,会社で輝いている先輩たちは本当にかっこよかったです.…というわけで,主語がでかい記事はいけねぇや!ってかんじ.

 話をもどします.
 そんな彼らの専門性の高さと有る種の自信を見て,やっぱりかっこいいなー私も挑戦したかったなという思いがこみ上げてきました.

 後ろ髪引かれつつも,優秀なみなさんと一緒にお仕事するのだから,まずはお仕事を頑張ろう!ということで,進学はひとまず忘れてみんなに遅れないように仕事に励みました.

 あれこれ仕事に励むうちに成功体験が増え,あれ?私ってそんなに悪くないのかもデュフフwwと思えてきたので,今ならいけるかも!博士号に挑戦だ!と調子にのりはじめ,周囲の社会人博士の経験者に話を聞いたり,教授に進路相談をし始めました.

 退職に至るまで

 入りたかった会社でやりたいお仕事をさせていただけて,職場の人間関係にも恵まれていて,辞める理由なんてなかったはずでした.

 しかし研修や他部署との連携業務を通じて会社の本質に触れる機会が増え,その本質に強い違和感を覚えるようになりました
 順応すべきか葛藤しましたが、時代と逆行した考えに折り合いをつけることができませんでした.人は環境で変わるとも聞きますので,本質を受け入れることで,私自身が多様性を受け入れない時代と逆行した人間になるのが怖くなりました.

 上司らがプロジェクトを立ち上げた理由の一つはその違和感をなくすことだったため,職場にいる間は大きな違和感を感じることはありませんでした.しかしプロジェクトの風向きが変わり,若手は他部署に異動する可能性がでてきました.異動すれば違和感を強く感じるようになるのは明白です.
 
 異動が辛くても年次が上がるのを待って,違和感を正す立場になればよいのでは?と考えたこともあります.でもそれには途方もない時間がかかり,その間に色んな旬が過ぎるのが怖くなってしまいました.

 未来への閉塞感を感じ,こんな現実なら知らないほうが良かったとか,私の年次では下っ端すぎて何もできなくて無力な自分にイライラしたり…そうこう悩んでいるうちに,違和感への拒否反応が身体に出始めたのです.
 ストレスニキビと呼ばれる顎まわりのニキビが一気に増えたり(マッタクドウシテクレルノヨ!),気合を入れてないと涙が勝手にでるようになってしまいました.

 ある日の通勤電車,気合を入れてるのに涙が出てきて,頑張っても止まらなくて,なんかよくわからないけど可哀そうな人になってしまいました.恥ずかしくて渋谷駅で途中下車して,とりあえず上司と家族に連絡.気合入れても涙が止まらないから,涙を流しながら駅周辺をうろうろし(やばい奴)とりあえずどこかで落ち着こうと思って,泣いてませんよ感を出しながらスターバックスでお茶を買い,すみっこの席でお茶をすすりながら涙が枯れるのを待ちましたとさ.(やばい奴)

 というわけで病院にいったら適応障害と診断されました.デュフフ

退職orDIE

 身体がSOSを出したので休職させてもらうことになり,家で何もする気力がなく,カップラーメンをすすりながら,この会社では長く生きていけないんだとぼんやり考えていました.とはいっても食い扶持がないと困るので,転職活動をしなきゃーと思ったのですが,どうやって次の会社を探せばよいのかわからなくなってしまったのです.
 わたしはWEB系/SI系/海外インターンを経ていろいろと考えた末に,前社が一番素敵だ~と思って就職活動をしていました.なので前社への入社にはそれなりの思い入れがあったのです.その会社でうまくいかなかった以上,何が正しくて何が私に合っているのかわからなくなってしまいました.
 
 それでも心配してくれた友人・知人の薦めで面接を受けさせてもらったのですが,経験不足に加えて,体調不良で面接がうまくできなくなってしまいました.
 志望動機を聞かれて黙ってしまうなど…失礼すぎる態度をとってしまいました.紹介していただいたのに申し訳ありません…でも当時の私はあれが限界でした.
 
 家でぼんやり過ごし,このままうさぎになりたいと祈る日々.その間もちょこちょこ教授に研究テーマの相談をさせていただいていました.久しぶりに教授のもとを訪れると私から死相が出ていたらしく,びっくりした教授が「細かいことはいいからとにかく戻っておいで」と言ってくださり,課程博士として進学することを決意しました.(入試に受かれば)

 こんな形で博士課程に戻れるとは思わなかったけど,博士号取得に挑戦するいいきっかけができて正直ホッとしました.今でも教授が助けてくれなかったらどうなっていたかわからないです.再び受け入れてくれた教授や准教授には感謝してもしきれません.また優しい知り合いが受託開発のお仕事をくださり,リアルに死なずにすみました.

 さて,私のメンタルがクソ弱なのは上記のとおりですが,同時期に他部署を含む同期の休職・退職が続いたため,正直ちょっと会社やばいのでは?と思っちゃったり.
 (補足:最近、私が感じていた違和感がついに表面化してしまいした。優秀な同世代が亡くなってしまうのは本当に悔しいです。お悔やみ申し上げます。私も退職してしまったので会社を変えることはできないけど、別の場所で若年層も生きやすい環境を作っていきたいと思います。)

 ごちゃごちゃ言いましたが,エリートをかき集めたような会社なのに,はみ出し者の私を採用してくださり感謝しています.そして職場は本当に素敵なところでした.ありがとうございました.

 しょうじき仕事と育児のバランスは難しそう

 スパッと辞めたもう一つの理由.私は会社の制度を活用させていただいても,業務と育児を両立するの無理そうと判断したためです.(今は子供いませんが)

 前社の志望理由は仕事内容はもちろん,福利厚生も気にしていました.体調不良時や出産など元気に働けない時期もサポートしてもらえるのは魅力的です.実際に各種制度は整っており,活用事例も増えています.

 しかし制度活用後の復帰を目指す場合,周囲へのお願い事が増えたり気を遣っていただくことになるんだろうなぁ〜って働いてて思いました.職場のみんなは優しいから大丈夫と言ってくれると思うのですが,みんなも業務に追われて家庭のバランスが取りにくいのを知っているのです.
 他の人だって早くお子さんを迎えに行きたいはず.もっと家族との時間をとりたいはず.なので私だけ支援してもらうとなると,会社の制度だけではなく,よそのご家庭のリソースまで割いていただいてる気持ちになってしまうのです.
 まだ子供いないのに考えるだけで申し訳ない気持ちでいっぱいになり,制度とかいいからみんなで帰ろ~~~っとなってしまいました.

 また,産休〜育休にはいると仕事との距離をとらざるを得なくなります.仕事はめまぐるしく変化するので,1か月離れるだけでも浦島太郎.それが1〜2年後になるなら,お前だれだっけ?になることが容易に想像できます.
 そうならないために休業中も会社とゆるやかに関係を維持し,無理のない復帰を目指すのが理想ですね.でもそれを実現するための根回しを考えたら…正直めんどくさくなった.気を遣いすぎて疲弊するのが目に見えた…というかそこまでしてやりたくない.そういうのしなくても普通に復帰したい.(わがまま)
 魅力の一つであった制度を私はうまく活用できないんだろうなと思い,それならしがみつく必要はないなと諦めがつきました.
 
 一方,私の研究は個人作業が多いので,休んで成果が出なくても自己責任.もし体調を崩して身体が動かなくても,人に気を遣いすぎて疲弊することは少ないと思いました.それに休んでるときも論文を読むくらいはできそうなので,研究とゆるく繋がり続けることもできそうだと思いました.
 

 入試と学費

 電気通信大学の博士後期課程の入試は30分のプレゼン面接と英語です.
 英語はTOEICなどの外部試験のスコアを提出します.TOEIC730点で100点に換算されます.英語はそれなりだったので満点でした.
 面接は退職orDIEになる前から教授に研究テーマを相談させていただいていたので,内容にはそれなりの説得力のあるものになったと思います.面接は少々しどろもどろになってしまいましたが,無事に合格することができました.
 事前に配属先の教授らと研究テーマやスケジュールについて話し合い,先生/学生間で認識ズレがないようにしておくとうまくいきやすいと思います.
 
 RAに採用してもらえると,おおよそ学費に相当する給与がもらえます.詳しくは先生に相談してみてください.


M2の私と社会人を経た私の差


 隣の芝は青色ばかりじゃないことを知った

 就職前に感じていた会社と社会への期待と不安.答えは会社や職種の数だけあるとおもいますが,就職後に一つの答え合わせができますよね.
 私が見た社会は思っているほどキラキラしていなくて,理不尽な仕事の進め方やルールも多くて,自分でコントロールできない要因でめちゃくちゃストレスが溜まる.仕事ができるとは理不尽に耐えつつ業務をすすめるメンタルの強さかと思うほどでした.
 仕事も研究もそれなりのストレスがかかります.自分はどちらのストレスなら耐えられるか?そのストレスの先に得たいものは何か?と考えて私は進学を選びました.

 時間の使い方が上手になった

 サラリーマンは早くおうちに帰りたいので,限られた時間で仕事を終わらせようと頑張りますよね.この経験を通して,時間配分をして期限までに作業を完了する能力が学生時代よりちょっと上がったかなとおもいます.時間だいじ!!!

 研究の楽しさと素晴らしさを実感した

 働いてみて時間だいじ!!!何よりも自分の時間だいじ!!!と思ったのです.私は働いてた時,朝ごはんをゆっくり食べることに幸せを感じていました.
 その時間を捻出するためにメイクが5分で終わるように研究したり,ヘアセットが早く終わるように夜に準備するなど工夫していました.
 それだけほしかった自分の時間.過程博士ではほぼ100%の時間を自分の研究に使えるのです.自由な時間がたっぷりあって,自由な思考が許される研究生活のありがたみを実感しました.


これからどうする?


 進学してからよく聞かれるようになりました.
 正直,何も考えていないです.研究楽し~い~わ~い.
 何はともあれ未来は実績次第で変わるので,明るい未来になるように楽しく頑張っていきたいと思います!

 真面目な話,傷が癒えたらまたどこかで頑張れたらいいなと思っています!いまだにあの時死ねばよかったのか,生き延びて博士に進学してよかったのかわからなくなる時があります.

 もし博士号を取ることができたら,専門職の仕事を探しつつ,そういう人が一人でも減るように,いろんな人が生きやすい環境づくりに挑戦してみたいです.


さいごに


 戻ると決めるまで,前職場の方・先生方・家族や友人にたくさん助けていただきましたし,迷惑もたくさんかけてしまいました.それなのに誰一人「お前が悪い」と口に出さずにいてくださいました.言ったらマジで死にかねない空気だったので,みんな察してくれたのかもしれません.気を遣ってくれてありがとうございました.
 周囲のおかげで命拾いした身として,なんとか生きていきたいと思います.戻った後,研究仲間と飲みにいって研究の話をしてやっぱりすごく楽しくて,戻ってきてよかったと思っています.
 また留学でお世話になった事務の人に構内で偶然お会いし,おかえりと言っていただけて戻ってきてよかったんだと思いました.(マジでお世話になりすぎて修論の謝辞に事務のおねえさんの名前書いたレベル)
 実力が伴うかわかりませんが,ちょっとでも恩返しできるように頑張っていきます.


活動報告


 2019年のサイエンスアゴラにて,日本工学アカデミーさまのパネルセッションに登壇させていただきました.退職後にオファーをいただいたので,学生の私はパネリストに適さないと辞退したところ「これからは学び直しや多様なキャリアが重要だから」と言っていただけました.
 研究分野でも多様な選択肢を応援してくれると知って,うれしくなりました.JSTさま,日本工学アカデミーさまにお礼申し上げます.

◆一生懸命聞きすぎて真顔


◆議事録を絵にまとめる「グラフィックレコード」!
 瞬時に内容をわかりやすくまとめる才能すごい…!!

 引用元:https://twitter.com/ScienceAgora/status/1195963193782222848
 

これでおしまい.

こんなやつでも頑張ってるんだなと思ってもらえたら嬉しいです.ぜひどこかの学会でお会いしたら仲良くして下さい.

最後まで読んでくださりありがとうございました♪

サイエンスアゴラ2019のEAJパネル討論に登壇させていただきました

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12/01/2019

ありがとうございました。

ScienceAGORA 2019 出展 EAJジェンダー委員会 「サイエンスアゴラ EAJパネル討論」

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